(2023.03.13)障害のある児童の権利を侵害する所得制限の見直しを求める会長声明

1 障害のある児童(以下「障害児」という。)の権利
 憲法において、全ての国民は、障害により差別されない権利(憲法第14条)及び幸福追求権(憲法第13条)を有することが定められ、その理念の下に、障害者基本法において、障害児を含む全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念が定められている(障害者基本法第1条)。
 国際的にも、障害者の権利に関する条約が、2006(平成18)年12月に国連で採択され、日本は、2014(平成26)年1月に同条約を批准した。同条約は、障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、様々な分野における取組を締約国に求めている。
 日本では、障害者基本法において、「障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の基本となる事項」を定め(第1条)、「・・・全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する・・・」(第3条)としたうえで、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に実施する責務を国及び地方公共団体(以下「国等」という。)に課している(第6条)。
 以上から、障害児においても当然に、全ての障害児が、障害児でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利(以下「障害児の権利」という。)を有しており、そのための施策を実施する責務が国等にある。

 

2 障害児の権利が侵害されている問題

 (1)障害児支援の特性
 障害者基本法は、第2章(第14条~第30条)において、障害者の自立及び社会参加の支援等のための基本的施策を規定し、国等に必要な施策等を講じる責任を課しているところ、障害児の権利を保障するためには、医療、介護等(第14条)、年金、手当等(第15条)、教育(第16条)、療育(第17条)、経済的負担の軽減(第24条)に関する施策(支援)が重要となる。
 障害児といってもその障害の性質や年齢、発達の状況により、障害特性は様々であり、障害特性に応じた特別なニーズに対する支援が必要となる。例えば、ケア用品(オムツなど)や汚損・破損などによる生活用品(衣服、家具、用具)の購入及び頻繁な買替え、身体状態に合わせた補装具の購入、障害状態に応じた住宅改修等が必要となり、障害のない児童に比べて経済的な出費が多額にのぼる。
 また、障害特性に応じ、言語聴覚士がいる児童発達支援や療育的教育ができる放課後等デイサービスの利用など、特別の教育及び療育を早期から受けることは、障害児の自立及び社会参加に資するものであり、障害児の成長に大きく寄与するものである。
 したがって、障害児の権利が保障されるためには、特に障害児の障害特性に応じた経済的負担の軽減、教育、療養に関する支援が必要不可欠である。

 (2)障害児支援の制限
 ところが、日本では、障害児を対象とする経済的負担の軽減、教育、療養に関する支援を受けるに際し、障害児の父母等障害児を扶養する扶養義務者等(以下「扶養義務者等」という。)の所得が一定額以上であると受給制限がある(以下「所得制限」という。)。扶養義務者等の所得は、障害特性等、障害児個人の事情とは全く関係のない事柄であるにもかかわらず、所得制限により障害児が障害特性に応じた経済的負担の軽減、教育、療養に関する支援を受けることができず、その結果、障害児の権利が侵害されている。
 とりわけ、下記に述べる「障害児通所支援に関する所得制限」、「補装具費支給制度における所得制限」及び「特別児童扶養手当及び障害児福祉手当に関する所得制限」により、障害児の権利は大きく侵害されている。

   ア 障害児通所支援に関する所得制限
 障害児通所支援とは、日常生活における基本的な動作の指導、生活能力の向上のために必要な訓練、知識技能の付与、集団生活への適応訓練、社会との交流の促進などの支援を行うサービスであり、障害児の状態や年齢に応じて、「児童発達支援」、「放課後等デイサービス」、「保育所等訪問支援」等がある(児童福祉法第6条の2の2)。
 障害児通所支援の利用額負担の上限月額には所得制限があり、①生活保護受給世帯、住民税非課税世帯は0円、②市町村民税所得割28万円未満の世帯(扶養親族2名の場合、所得額約675万円程度、以下「一般世帯」という。)は月額の上限額4600円、③それ以外の世帯は、月額の上限額3万7200円となる(児童福祉法第21条の5の2、第21条の5の3)。
 つまり、上記③の世帯は、月額利用料が3万7200円となり、上記②の世帯と比較して8倍以上の高額な利用料負担が必要となる。
 そのため、障害児通所支援の利用回数を制限せざるを得ず、障害児の自立訓練の機会に制約が生じており、障害児の権利が侵害されている。
 そして、その結果、言葉が出ない、社会性が欠如するなど、障害児の成長に悪影響を及ぼしかねない状況が生じているのである。
 障害者基本法第17条1項は、障害児が可能な限りその身近な場所において療育その他これに関連する支援を受けられるように必要な措置を講ずることを国等に義務付けているが、所得制限のために障害児が障害特性に応じた通所支援を事実上受けられない事態は、これに反する。

   イ 補装具費支給制度における所得制限
 補装具費支給制度とは、障害者が日常生活を送る上で必要な移動等の確保、就労場面における能率の向上及び障害児の自立育成を目的として、身体の欠損又は損なわれた身体機能を補完・代替する用具について、その費用を国及び市町村が補装具費として支給する制度である(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律第76条)。これは、補装具は、身体状況に合わせたオーダーメイドのものが必要となるため高額な支出になることから費用助成が行われるものである。特に、障害児は体の成長に応じ補装具の頻繁な買替えが必要となるため、より高額な支出となる。
 補装具費支給制度における自己負担額は、①市町村民税非課税世帯は0円、②一般世帯は、原則1割負担、月額上限額3万7200円、③市町村民税所得割46万円以上(年収約1190万円、手取り約787万円)の世帯は補装具費の支給対象外である(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律第76条ただし書き)。
 上記③の世帯は、どんなに高い補装具を購入しても、全額自己負担となる。たとえば、座位保持が困難な障害児の場合、座位保持椅子約50万円を2台(学校用、自宅用)、車椅子約40万円、カーシート約10万円、クッションチェア約8万円などを、障害児の体の成長に応じて全額自己負担で購入しなければならない。上記③の世帯は、高額な補装具費が経済的に大きな負担となり、障害児の成長に合わせた補装具の買替えを躊躇する状況が生じている。そのため、障害児は、体に合わなくなった補装具や他人の体に合わせて作られた中古の補装具を購入して使用したりしており、障害児の権利が侵害されている。そして、その結果、障害児の身体機能や発達に影響を及ぼしかねない状況が生じているのである。このように所得制限があるために障害児が自分の身体状況に応じた補装具を装着出来ない事態は、障害者基本法第14条6項が、国等に障害者が福祉用具などの貸与その他障害者が日常生活及び社会生活を営むのに必要な措置を講じなければならないとしていることに反する。

   ウ 特別児童扶養手当及び障害児福祉手当に関する所得制限
 特別児童扶養手当は精神又は身体に障害を有する児童について福祉の増進を図る目的に、障害児(20歳未満)を監護する父母等に障害等級1級月額5万2400円、障害等級2級月額3万4900円が支給されるものである(特別児童扶養手当等の支給に関する法律第3条、第4条)。障害児福祉手当は、より重度障害により日常生活において介護を必要とする「重度障害児」本人(20歳未満)に対し、重度の障害のため必要となる精神的、物質的な特別の負担を軽減し、重度障害児の福祉の向上を図ることを目的として、月額1万4850円が支給されるものである(特別児童扶養手当等の支給に関する法律第17条、第18条、児童扶養手当法施行令等の一部を改正する政令(令和4年政令第109号))。
 特別児童扶養手当は、扶養義務者等の所得が一定額以上の場合(特別児童扶養手当は扶養親族2名の場合、所得額535万円)には支給されず(特別児童扶養手当等の支給に関する法律第6条ないし第10条)、障害児福祉手当も、扶養義務者等の所得が一定額以上の場合(扶養親族2名の場合、所得額約675万円)には支給されない(特別児童扶養手当等の支給に関する法律第20条ないし第23条)。
 しかし、扶養義務者等の所得によって、障害児及び重度障害児の精神的・物質的負担が軽減されるものではない。また、特別児童扶養手当及び障害児福祉手当は、障害を有することによる生活保障のための制度である「障害年金」と同じ目的であるところ、「障害年金」は障害者本人の権利であり、受給資格には、所得制限がない。
 扶養義務者等の所得という障害児本人の事情とは全く関係のない事柄によって、経済的負担の軽減の必要性が判断されることは、結果として、支援の必要な障害児に支援がなされないという状況を生じさせており、障害児の権利を侵害している。このような事態も、障害者基本法第15条が障害者の自立及び生活の安定に資するため、国等に年金制度に関し必要な施策を講ずることを義務付けていること、同法第24条が国等に障害者及び障害者を扶養する者の経済的負担の軽減を図り、障害者の自立の促進を図るため、必要な措置を講ずることを義務付けていることに反する。

 

3 結論
 したがって、当会は、国に対し、障害児の権利を侵害している扶養義務者等にかかる所得制限について、とりわけ、「障害児通所支援に関する所得制限」、「補装具費支給制度における所得制限」及び「特別児童扶養手当及び障害児福祉手当に関する所得制限」について、撤廃を含めた制度の見直しを求める。
 その上で、当会は、国に対し、直ちに法改正の是正措置を行い、2023年の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に障害児の福祉関連予算を盛り込むことを強く求める。

 
2023年(令和5年)3月13日

岡山弁護士会     
会長 近 藤   剛

 
 


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