(2023.02.22)死刑廃止に関する岡山弁護士会総会決議

第1 決議の趣旨
 岡山弁護士会は、政府及び国会に対して

  1 死刑制度を廃止すること

  2 代替刑の創設に向けた議論を早期に開始するとともに、死刑制度の廃止までの間、死刑の執行を停止すること

  3 犯罪被害者支援の更なる拡充を行うこと

 を求める。
 
 
第2 決議の理由

 1 憲法と死刑
 憲法は、第13条前段において、「すべて国民は、個人として尊重される」と規定し、国民一人ひとりを独立した存在と捉え、個人を人間社会における価値の根源とする個人の尊厳を基本原理としている。
 個人の尊厳に基づく共生社会においては、すべての国民は一人の個人として自己実現を目指し、自分らしく生きる権利がある。刑罰制度は、犯罪への応報にとどまらず、罪を犯した人を人間として尊重し、この更生を達成するものでなければならない。死刑は、生命を剥奪する刑罰であることに加え、罪を犯した人の更生と社会復帰の機会を完全に奪うものであり、個人の尊厳という憲法の基本原理に反するものである。
 死刑の憲法適合性について、最高裁判所は、憲法は「現在多数の文化国家におけると同様に、刑罰としての死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである」とした上で、「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条(憲法第36条)にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない」と判示している(最大判1948(昭和23)年3月12日 刑集第2巻3号191頁)。ただし、同判決では、「憲法は、・・・死刑を永久に是認したものとは考えられない。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断は国民感情によって定まる問題である。而して国民感情は、時代とともに変遷することを免れないのであるから、ある時代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りうることである。」と判示し、同判決時点では死刑そのものは「残虐な刑罰」に当たらないとしても、将来国民感情の在り方如何によっては、絞首刑でも憲法に違反するとした補充意見が付されていた。
 その後の一連の最高裁判決によっても、死刑の合憲性は、判例上は肯定されてきたが、他方で、死刑制度に対する評価(特にその残虐性について)は憲法の解釈として不変のものではなく、国際社会の動向やこれとの関わりでの国内の状況変化によって変わり得るものであることが強く示唆されている。

 2 死刑と誤判・えん罪の危険
 裁判が人間によって行われるものである以上、誤判は避けがたい。
 我が国では、これまでに4件の死刑確定事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)において再審無罪が確定しているが、それらの事件は、裁判手続に誤判・えん罪の具体的かつ現実の危険があることを如実に示している。
 2014(平成26)年3月、静岡地方裁判所は、袴田事件の犯人とされた死刑確定囚袴田巌氏に対して再審開始と死刑の執行停止を決定した。しかし、同事件については、2018(平成30)年6月、東京高等裁判所において再審開始を認めない旨の決定が出され、結論が分かれた。名張毒ぶどう酒事件では、一審において無罪判決がなされたが、控訴審においては逆転有罪の死刑判決となり、上告審にて死刑判決が確定した。同事件について、2005(平成17)年4月、名古屋高等裁判所は、再審開始を決定したが、検察官による異議申立により、2006(平成18)年12月、同裁判所において再審開始決定が取り消されるなど裁判所の判断は分かれている。
 上記2つの事件のように、死刑判決と無罪判決という天と地ほどの差がある重要な判断が、各審級によって分かれている。これによれば、どれほど慎重に裁判手続を進めたとしても、およそ誤判・えん罪の危険性を払拭することが如何に難しいかということが分かる。
 さらに、「誤判」の中には、被告人が真犯人であるかどうかという犯人性に関する判断ばかりではなく、責任能力等の判断の場面における誤判、犯行全体における被告人の役割の大きさの評価の誤り、被告人に有利な量刑事情が見落とされたりすることに起因する誤った死刑の言渡し等も考えられ、これらの要素を考慮にいれた場合には、誤判に基づく死刑の可能性は、決して稀有なこととは言い切れない。
 死刑が生命を剥奪する刑罰である以上、仮に誤判によって死刑が宣告され、執行されたとすれば、その回復は不可能である。誤判に基づく死刑執行は、国家が行う最大の害悪の一つであり、いかなる理由によっても国家の行為として正当化することは許されない。誤判に基づく死刑執行を絶対的に回避すべきである以上、死刑を廃止する他ない。

 3 死刑制度の廃止は世界的な潮流である
 世界の状況をみると、1948(昭和23)年最高裁判決が出された時期に近い1950(昭和25)年には、世界の死刑廃止国はわずか8か国にすぎなかったが、その後70年が経過し、2020(令和2)年12月末日時点では死刑廃止国(事実上の廃止国を含む。)が世界の3分の2以上の144か国に及んでいる(2021年の死刑判決と死刑執行 アムネスティ・インターナショナル報告書)。
 死刑制度が存置されている国は、OECD加盟国の中では、日本、韓国、米国のみであるところ、韓国は事実上の死刑廃止国であり、米国でも、バイデン大統領は、2020(令和2)年の大統領選における公約の中で「連邦レベルでの死刑を廃止する法案を成立させ、各州がこれに従うよう働き掛ける」と死刑廃止を訴え、2021(令和3)年7月1日、連邦レベルでの死刑の執行を一時的に停止するとの通知を公表した。
 また、2020(令和2)年7月、国連総会第三委員会(人権)で、8回目となる死刑廃止を視野にいれた死刑モラトリアム(死刑執行の停止)を求める決議案が出され、賛成120か国、反対39か国、棄権24か国で可決され、これまで毎回棄権票を投じてきた韓国が、今回、決議案に賛成票を投じた。このように死刑制度廃止は世界的な潮流といえる。
 さらに我が国は、国連の国際人権(自由権)規約委員会・拷問禁止委員会による勧告のほか、人権理事会の普遍的定期的審査においても、死刑執行を停止し、死刑廃止を前向きに検討すべきである等の勧告を繰り返し受けており(直近では2023(令和5)年2月3日付)、世界から死刑廃止を迫られている状況にある。

 4 世論
 2019(令和元)年に内閣府が実施した世論調査(3000名中1572名が回答)によれば、「死刑は廃止すべきである」と意見は9.0%であり、一方、「死刑もやむを得ない」とする意見は80.8%にのぼるが、そのうち39.9%は「状況が変われば将来的に廃止してもよい」と回答している。また、仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならば「死刑を廃止する方がよい」との意見は35.1%である。すなわち、死刑制度の維持に賛成する意見のなかでも、死刑の将来的なあり方については多様な見方があることがうかがわれ、廃止の条件次第では、死刑制度の維持に親和的な人でも廃止に賛成する可能性が十分にあるものと言える。
 そして、死刑の実態等、そもそも国民に死刑の是非を適切に判断するための情報が十分に提供されているとはいいがたく、諸外国の死刑廃止後の実情等の情報開示もあわせて進め、広く議論がなされなければならない。
 さらにいえば、死刑制度を維持するか否かは人権に関わる問題であり、少数者の権利が不当に侵害されているような局面では、死刑廃止に賛成する人が多数を占めるという状況でなくてもリーダーシップを取り制度を変えていくことこそ、国民の基本的人権の尊重を基本理念とする立憲主義国家における政治の役割であるともいえる。現に、死刑が廃止された諸外国では、死刑廃止当時の世論は必ずしも廃止賛成の意見が多数だったわけではなく、イギリスやフランスなど、政治家のリーダーシップのもと、死刑廃止が実現されてきた例も少なからず存在するのである。

 5 死刑に代わる代替刑
 死刑制度は、冒頭に述べたように、基本的人権の核となる生命を国家が刑罰として剥奪する制度であり、もし誤判があれば取り返しのつかない結果になる制度であるが、他方で、死刑廃止後の被害者や遺族等の応報感情や一般市民の処罰感情を鑑みると、死刑を廃止するに当たっては、これまでは死刑が相当とされてきた事案において、死刑に代わる最高刑を新たに創設することが、死刑廃止への理解を促すために必要である。
 この点、日本弁護士連合会は、2019(令和元)年10月15日の理事会において「死刑制度の廃止並びにこれに伴う代替刑の導入及び減刑手続制度の創設に関する基本方針」を、さらに2022(令和4)年11月15日の理事会において、「死刑制度の廃止に伴う代替刑の制度設計に関する提言」を採択した。
 この提言は、⑴死刑制度を廃止し、死刑に代わる最高刑として終身拘禁刑を創設すること、⑵終身拘禁刑とは、現行刑法の無期懲役・禁錮刑(2025(令和7)年までに統一して無期拘禁刑として施行予定)と異なり、刑法第28条(仮釈放)の適用のない終身の拘禁刑とすること、⑶終身拘禁刑に処せられた者についても、改悛の状が顕著に認められるなど一定の要件を充足する受刑者については、その刑を仮釈放の適用のある無期拘禁刑に減刑する特別手続を新たに創設することなどを内容とするものである。
 とりわけ、上記⑶の刑の特別減刑手続制度の導入は、終身拘禁刑そのものが、人権の観点から「非人道的」でないかとの評価について配慮した提案となっている。
 当会としても、日弁連の今回の提言は妥当なものと考えており、同提言を踏まえて、死刑に代わる最高刑の在り方について国民的議論を十分に尽くして、その方向性が定められるよう議論を続けていく。

 6 犯罪被害者等支援の更なる拡充の必要性
 大切な人を犯罪により奪われた被害者遺族が、罪を犯した人に対して極刑を望むことは無理のないところであり、死刑制度を廃止する一方で、犯罪被害者等支援の更なる拡充をすることもまた同じように取り組まなければならない重要な問題である。
 従来、犯罪被害者等が被害回復や平穏な生活を取り戻すために十分な支援を受けられず、周囲からの理解・協力を得ることも難しく、刑事事件の当事者でありながら刑事裁判等に関する情報も十分に得られない等、様々な面で困難に直面していたことが歴史的に認められる。
 2004(平成16)年に犯罪被害者等基本法が成立し、その後、被害者参加制度や損害賠償命令制度等、被害者が手続に参加する制度等が法定され、犯罪被害者等支援条例を制定する地方公共団体も存在する等、犯罪被害者等の権利が確立しつつあるものの、今なお我が国の犯罪被害者や遺族のための施策は十分ではない。
 犯罪被害者等基本法第3条において、「すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」と規定されているとおり、犯罪被害者等においては精神的・経済的な支援をはじめとする様々な法的支援を途切れることなく受けられる権利が保障されなければならない。これに向けた取り組みを行うことも、死刑制度を廃止することと並行して社会全体が果たしていかなければならない責務である。
 いずれにせよ、犯罪被害者等に対する支援を拡充させることと死刑制度を廃止することは何ら矛盾することではなく、両立すべき課題である。当会としては、死刑制度廃止に併せて、国に対し犯罪被害者支援の拡充を求めるとともに、今後も犯罪被害者等への支援拡充のための活動に積極的に取り組んでいく所存である。

 7 日本弁護士連合会、中国地方弁護士会連合会等の取組み
 日本弁護士連合会は、2011(平成23)年10月7日の第54回人権擁護大会(高松)で死刑のない社会が望ましいことを見据えた上で「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択したのに引き続き、2016(平成28)年10月7日の第59回人権擁護大会(福井)では「死刑廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択した。
 また、2019(令和元)年11月1日に、中国地方弁護士大会においては、「死刑制度の廃止を求める決議」が採択され、その他、2023(令和5)年2月20日現在、合計13の単位会において、死刑制度の廃止を求める総会決議がなされている。
 死刑制度が基本的人権の前提となる生命を剥奪する刑罰であることに鑑みれば、その廃止を含む制度改革の意見を表明することは、基本的人権の擁護、社会正義の実現及び法律制度の改善という使命を担う弁護士(弁護士法第1条)によって構成される法律家団体である当会の責務である。

 
 
第3 結論
 以上のとおり、死刑制度については、基本的人権の核をなす生命を国家が刑罰として剥奪する制度であり、もし誤判があれば取り返しのつかない結果になるばかりでなく、刑罰制度の本来の趣旨、すなわち、犯罪への応報であることにとどまらず、罪を犯した人の人間性の回復と自由な社会への社会復帰と社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の達成に資するものであるべきこととも全く整合しない制度である。
 それゆえに、当会は、死刑制度は廃止し、憲法の基本原理の一つである個人の尊厳に基づき、すべての国民が一人の人間として自分らしく生きる権利があり、人格の完成あるいは自己実現を目指すべき個人としての生き方を保障される共生社会の実現を目指すべきであると考える。
 そのためには代替刑の創設に向けた議論が速やかに開始されるとともに、死刑制度の廃止までの間、死刑の執行は停止されなければならない。また、それと同時に社会全体が防止しなければならない犯罪の犠牲になった被害者や遺族に対しては、支援を拡充させていかなければならない。
 よって、当会は、政府及び国会に対して、死刑制度を廃止すること、代替刑の創設に向けた議論を早期に開始し、死刑制度の廃止までの間、死刑の執行を停止すること、犯罪被害者支援の更なる拡充を行うことを求める。
 以上、決議する。


2023(令和5)年2月20日 定期総会決議
 会員数 415
 出席者 251
 賛 成 144
 反 対  78
 保留等  29


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