(2025.06.12)最低賃金の大幅引上げ等を求める会長声明
1 中央最低賃金審議会は,本年7月頃,厚生労働大臣に対し,本年度の地域別最低賃金額改定の目安についての答申を行う予定である。例年,各地域の地方最低賃金審議会は,この目安を参考として,地域別最低賃金額を各労働局長へ答申し,その答申を受けて各労働局長が具体的金額を決定する。
昨年,岡山労働局長は,岡山地方最低賃金審議会の答申を受け,地域別最低賃金額を時給982円とする決定を行っている。
しかしながら,以下に述べるとおり,時給982円という水準は,未だ余りに低過ぎるものと言わざるを得ない。
2 最低賃金制度の目的は,賃金の低廉な労働者について,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もって,労働者の生活の安定,労働力の質的向上等を図ることにある(最低賃金法(以下「法」という。)第1条)。
しかし,時給982円という水準では,フルタイム(1日8時間)で1か月22日間働いても,月収は17万2832円(年収は207万3984円)に留まる。物価高騰等の我が国の社会状況に鑑みた場合,同金額をもってしては,各種の給付の存在を考慮したとしてもなお,労働者が安定的な生活を送り,子どもを生み育てていくことは極めて困難である。
岡山県人事委員会が作成した「令和6年4月の標準生計費」によれば,岡山市における標準生計費は単身世帯で12万7670円,2人世帯で15万7810円,3人世帯で18万6550円,4人世帯で21万5330円,5人世帯で24万4110円である。標準生計費は消費支出のみを抽出して算出されていることから,これに非消費支出(総務省統計局「家計調査」によれば2024年4月の消費支出に対する非消費支出の割合は32.9%とされている)を加算すると,実支出の額は,単身世帯で16万9673円,2人世帯で20万9729円,3人世帯で24万7924円,4人世帯で28万6173円,5人世帯で32万4422円となる。
厚労省の「毎月勤労統計調査」によれば,2024年の正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の所定内労働時間は146.5時間とされている。上述の実支出を所定内労働時間で割ると,単身世帯で1158円,2人世帯で1431円,3人世帯で1692円,4人世帯で1953円,5人世帯で2214円となる。時給982円では標準的な生活を営むことができない状態にある。
したがって,上記金額では,法の目的を達成するに足りる水準に達しているとは言えない。
3(1)現在の最低賃金法では地域別最低賃金制度が採用されているため,2024年度地域別最低賃金では,最も高い東京都では1163円であるのに対し,最も低い秋田県は951円であり,212円もの賃金格差が発生している。
従前,このような賃金格差は,年々拡大している傾向にあった。2004年度には,中央最低賃金審議会による答申結果が全国一律で50円となり,これを受けて全国でほとんどの地域が一律に50円〜55円の増額となり,格差拡大の傾向は抑えられてきたようである。しかしながら,長年にわたって形成されてきた賃金格差は依然として残っている。
岡山県では,隣接する広島県の1020円とは38円,兵庫県の1052円とは70円もの格差が生じている。1日8時間,1か月22日間働くとすると,1か月分の賃金格差は,広島県との間で6688円,兵庫県との間で1万2320円にもなる。
岡山県の人口は2005年をピークに減少を続けているところ,その要因には,就職期にあたる20代を中心として若い世代の県外への転出超過がある。他県との賃金格差が生じている事態を放置すれば,今後,さらに岡山県外に労働力が流出する事態につながりかねない。
都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化の上でも有益であるから,地域間格差が是正されるような最低賃金増額が実現されるべきである。
徳島県では,目安額50円を大幅に上回る84円の引上げを決定し,地域間格差の是正に動いている。政府においても,早急に,全国一律最低賃金制度を実現する法改正を行うべきである。
(2)地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は,最近の調査によれば,都市部と地方の間でほとんど差がないという分析がなされている。これは,都市部以外の地域では,都市部に比べて住居費が低廉であるものの,公共交通機関の利用が制限され,通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。そもそも,最低賃金は,労働者が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上,全国一律最低賃金制度を実現すべきである。
(3)岡山地方最低賃金審議会は,例年,本会議の審議を公開し,議事録も公開している。しかしながら,労働者側委員や使用者側委員からそれぞれの意見が主張され,公益委員の考え方が示される「専門部会」については,議事の大部分が非公開にて行われ,議事要旨が公開されているに過ぎない。一方,鳥取地方最低賃金審議会においては,専門部会も含めたすべての審議が公開され,自由に傍聴することが可能で,議事録も公開されている。
地域別最低賃金を定める審議の重要部分が公開されないままブラックボックスのまま定められているのでは,国民の知る権利の点からも問題であり,検証もできない。岡山地方最低賃金審議会でも鳥取の例に倣い,審議の全面公開をすべきである。
4 一方,我が国の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるよう,充分な支援策を講じることも必要である。現在,国は「業務改善助成金」制度により,最低賃金の引上げにより影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし,この制度は中小企業にとって必ずしも使い勝手の良いものではなく,これだけで支援策として十分であるとは言いがたい。さらに加えて,社会保険料の減免や減税等の支援策を講じることが有効であると考えられる。
5 政府は,もともと,2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,2020年までに全国加重平均1000円にするという目標を明記していたところ,2023年にようやくこの目標が達成された。
2023年8月31日には,岸田首相(当時)は,物価高を上回る賃上げを実現するため、2030年代半ばまでに1500円に引き上げることを新たな目標にすると表明した。さらに石破首相は,2024年9月,自民党総裁選にあたり,最低賃金1500円の政府目標の達成時期について2020年代までに前倒しをすることを表明し,同年11月に行われた政労使会議でも最低賃金引上げ目標の達成に向けて対応策を取りまとめるよう関係閣僚に指示していた。
上述したように,岡山市における3人以上の世帯の実支出額に照らせば,時給1500円でも標準的な生活を営むことができないものであるが,急速な最低賃金の増加が中小企業等に与える影響を鑑みれば,当面の目標として2020年代までに時給1500円に増額することを目指すとの方針には賛同しうるものである。
6 以上より,当会は,中央最低賃金審議会に対して,地域別最低賃金の格差を少しでも縮小しつつ、最低賃金額の引上げを図ることを内容とする答申を求める。また,岡山地方最低賃金審議会及び岡山労働局長に対しても,最低賃金を2020年代までには1500円に引き上げるべく大幅増額をすることを求める。
さらに,岡山地方最低賃金審議会に対し,同審議会における審議の公正及び透明性を確保するため,同審議会の意見に関する異議申出についての審議を含め,審議の全面公開を求める。
以上
2025年(令和7年)6月12日
岡山弁護士会
会長 土 居 幸 徳