いわゆる共謀罪法案の提出に反対する会長声明

いわゆる共謀罪法案の提出に反対する会長声明

1 政府は,過去に3回廃案になった共謀罪法案に関し,テロ対策の必要性を新たな提出理由に加え,「共謀罪」という名称を「テロ等組織犯罪準備罪」に変更した組織犯罪処罰法改正案を今後の国会に提出する方針であると報じられている(以下,「提出予定新法案」という。)。
2 当会では,従前政府から提案されてきた共謀罪法案に対して,2016年1月に,共謀罪法案の問題点を指摘して,これに反対する声明を発表した。
3 提出予定新法案は,共謀罪法案と比較していくつかの修正が加えられている。しかし,その内容は以下に述べるとおり,罪刑法定主義により導かれる明確性の原則及び刑事法体系の基本原則に反するものであり,政府や捜査機関などの恣意的な運用により思想・信条の自由はもちろん,表現の自由,集会・結社の自由等の憲法上保障された基本的人権を侵害する危険性が含まれている。
まず,提出予定新法案は,適用対象を「組織的犯罪集団」とし,その定義について,「目的が4年以上の懲役・禁固の刑が定められている罪を実行することにある団体」とした。そして,犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰することとし,その処罰に当たっては,計画をした誰かが「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」という要件を付した。
提出予定新法案における「組織的犯罪集団」の定義は不明確であり,その認定は捜査機関が個別に行うため,解釈によっては処罰される対象が拡大する危険性が高い。また,処罰要件とされている「計画」及び「準備行為」についても,何をもって「計画」がなされたと判断するのか基準が明確になっていない上に,「準備行為」も現行法上の予備罪における予備行為以前の危険性の乏しい行為を含むものであり,例えば,預貯金口座から単なる団体の運営資金を引き出す行為も,捜査機関によって犯罪実行に向けた資金の準備行為と認定されれば立件されうることになる。
以上のように,提出予定新法案の処罰範囲は広範かつ不明確であり,今般の刑事訴訟法改正に盛り込まれた通信傍受制度の拡大と合わさることによって,テロ対策の名のもとに広く市民の会話が監視・盗聴され,市民社会の在り方が大きく変わるおそれさえあると言わなければならない。
加えて,「計画」とは,「犯罪の合意」を意味し,結局のところ,特定の犯罪を複数人で謀議したという「共謀」を処罰することと同じく,行為そのものではなく,「合意」の危険性に着目して処罰しようとするものに他ならない。これは,外形的行為のない「意思」を処罰しないとする刑事法体系の基本原則に反するものである。
4 政府は,国連「越境組織犯罪防止条約」(以下,「条約」という。)締結のためにいわゆる「共謀罪」を創設する必要があるとしているが,同条約は,締結国についてそれぞれ国内法の基本原則に基づく立法上・行政上の措置をとればよいことを定めており,締結国に対しては組織犯罪対策のために未遂以前の段階での対応を可能とする立法措置を求めているに過ぎない。そして,わが国では,既に現行法上刑法をはじめとする個別の法律により,組織的な犯罪集団による犯行が予想される重大な主要犯罪については,例外的に予備罪・陰謀罪が定められており,未遂に至らない予備・陰謀の段階での犯罪を処罰することも可能となっている。したがって,同条約を締結するためにいわゆる「共謀罪」を創設する必要があるとの政府の説明は全くあてはまらない。
5 また,提出予定新法案は,テロ対策の必要性を新たな提出理由に加えているが,条約は経済目的の組織犯罪を適用対象としており,宗教的・政治的目的のテロ対策は目的となっていないことから,条約締結とテロ対策は無関係である。
そもそも,テロ対策との側面から提出予定新法案を検討しても,同法案は適用対象犯罪を単に「4年以上の懲役・禁固の刑が定められている罪」と形式的に定めた結果,その対象犯罪は600を超え,テロ犯罪・組織犯罪との結びつきが必然でない一般犯罪についてまで対象とされてしまっている。このように形式的に適用対象を定めたことは人権に対する配慮を欠き,あまりにも杜撰であると言わざるを得ない。
6 提出予定新法案は,憲法の保障する思想・信条の自由,表現の自由,集会・結社の自由などの基本的人権に対する重大な脅威となるばかりか,外形的行為のない「意思」を処罰しないとする刑事法体系の基本原則に反するものであるにもかかわらず,その制定の必要性に乏しいものであることから,当会は,いわゆる「共謀罪」を内容とする提出予定新法案の提出に強く反対する。

2016年(平成28)年11月9日

岡山弁護士会
会長 水 田 美由紀

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