労働時間規制の緩和に反対する会長声明

労働時間規制の緩和に反対する会長声明

1 「高度プロフェッショナル」と称する制度
平成27年2月13日,厚生労働省労働政策審議会は,厚生労働大臣に対して,今後の労働時間法制等の在り方について建議を行った。この建議は,対象業務要件や年収要件を満たした労働者について労働時間規制・割増賃金の支払義務などの適用を除外する「高度プロフェッショナル」と称する制度(以下「新制度」という。)の創設などを内容としている。
この新制度は,対象を「高度の専門的知識,技術又は経験を要する」とともに「業務に従事した時間と成果の関連性が強くない」業務(対象業務要件)を行う者,かつ労働基準法14条に基づく告示の内容を参考に定められる年収額が一定額(1075万円)以上(年収要件)の労働者として,その場合には,労働者が目的を達成するためにいくら時間外・深夜・休日労働をしたとしても,割増賃金を支払わなくてもよいとするものである。

2 これは本当の成果主義ですらない
新制度導入の目的として,建議は「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応える」ことをあげているが,それが目的であれば、現行法においても,完全歩合給や基本給に成果給を組み込む方法などにより成果主義の実現は可能である。
他方で,新制度においても,使用者が成果主義の給与体系を採用することを義務付けられることはない。その場合,単に適用対象労働者の割増賃金がカットされるということになり「時間でも成果でも評価されない働き方」を招くことは避けられない。結局,新制度の導入は,適用対象労働者に対してサービス残業を強いることを合法化するだけになる可能性が非常に高い。

3 将来,対象範囲が拡大される恐れが大きい
新制度の対象業務要件及び年収要件は,「省令で規定する」とされている。しかし,省令による規定では,以下の理由で全く歯止めとはならない。
いわゆる労働者派遣法が昭和60年12月に13業務を対象に制定された後,平成8年には26業務に対象が拡大され,平成11年7月には製造業等を除き対象業務の制限が撤廃され,さらに平成15年には製造業への派遣も解禁された。
このような我が国の労働者法制の歴史をみれば,ひとたび新制度が法律化されてしまえば,以後国会で議論されることなく省令で,なし崩し的に対象業務要件は広がり,年収要件は引き下げられ,適用対象労働者の範囲が拡大していく流れがあることは明らかである。

4 労働時間の規制を安易に外してはならない
そもそも,労働基準法は1日8時間,1週40時間と労働時間の上限を定め,これを超えて労働させることについて罰則をもって禁じている。このことから,労働者の長時間労働を防止して労働者の健康を守るのが立法趣旨であることを忘れてはならない。労働基準法が定める労働時間を超えて労働者を働かせることは,いわゆる36協定の締結を経ずにはできず,その場合でも使用者が割増賃金の支払を義務づけられているのは,その立法趣旨を達成するためである。
このような厳しい規制措置があるにもかかわらず,労働者の時間外労働は近年増加傾向にあり,過労死・過労自殺の数もいまだ高水準にとどまっている。
今,新制度を導入して労働者の長時間労働に対する規制を撤廃する方向に動き出すことになれば,すでに恒常化している長時間労働を適法化し,労働契約の基本原則であるワーク・ライフ・バランスを損なわせ,ひいては過労死・過労自殺の危険は増大する。

5 新制度における健康確保の措置は実効性がない
なお,新制度においては,使用者に対して健康確保の措置を講じることとされているが,使用者が労働時間管理義務に違反しても罰則はない。しかも,使用者が,選択的に,一定数の休日を設けるか,一定の時間以上の休息時間を与えさえすれば,労働者に対して長時間労働をさせることが可能である。これらが長時間労働の歯止めとして機能するものとは言い難い。

6 結論
以上より,当会は,労働者に対して,単に長時間労働を強いる結果となる危険と,過労死・過労自殺の危険を増大させるにすぎない,新制度による労働時間規制の緩和に強く反対する。

2015(平成27)年3月11日

岡山弁護士会
会長 佐々木 浩 史

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