国家緊急権の創設に反対する会長声明

国家緊急権の創設に反対する会長声明

安倍首相は、2015年(平成27年)11月開催の衆参予算委員会において国家緊急事態条項の創設に触れ、憲法改正に向けた姿勢を示した。
安倍首相が創設を目指す国家緊急事態条項とは、戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家権力が、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序(人権保障と権力分立)を一時停止して、非常措置をとる権限、つまり、憲法上のいわゆる国家緊急権のことを指している。安倍首相は、この国家緊急権は、東北大震災などの未曾有の災害時や、パリ同時多発テロ事件などの一連のテロ活動時に対しても、国民の生命・身体及び財産を守るために必要とする。
日本国憲法は基本的人権の保障を基本原理とし、立法、行政、司法の三権を分立することにより国家権力によって人権が侵害されないように規定している。憲法に国家緊急権を創設するということは、内閣総理大臣を長とする行政権力に対して人権保障及び権力分立制の停止権限を認めることであり、国家権力を制約して人権保障を実現しようとしている憲法の中に、人権を制約する権限を国家権力に付与する規定を創設する矛盾を含む。すなわち、国家緊急権の創設には、これを憲法的に厳格に枠づけようとすれば国家緊急権の意味をなさず、他方、国家緊急権を包括的・抽象的に定めれば国家緊急権に対する憲法による統制ができず人権侵害の危険性が増大するという問題がある。
日本国憲法が国家緊急権に関する規定を全く置いていないのは、一旦、国家緊急権が濫用されれば、憲法秩序の破壊や否定が容易に導かれるためであり、とりわけ我が国においては、過去、広範な国家緊急権を定めた大日本帝国憲法のもとで侵略戦争に邁進した過去を反省し、9条の戦争放棄条項により平和国家の確立を志向したためである。
また、日本国憲法が54条において参議院の緊急集会規定を置いた趣旨は、緊急時においても立法府による立法を可能にすることにある。
つまり、緊急時において人権を制限する法律を制定せざるを得ない場合においても、国民から選ばれた国会議員によることが必要であることを意味する。このことから、立憲主義に基づく憲法には安倍首相が考えているような国家緊急権は敢えて意図的に排除されていることを意味する。
歴史的にも、国家緊急権は国民の自由や権利を奪うことに使われてきた。ドイツでは、ワイマール憲法の国家緊急権の規定が濫用され、ヒトラーによる独裁に道を開くことになった。また、わが国でも、大日本帝国憲法の国家緊急権のひとつである戒厳宣告が関東大震災の混乱の中で発令され、この戒厳宣告がきっかけとなって軍隊により多くの朝鮮人・中国人が虐殺された事実がある(詳しくは2003年(平成15年)8月25日日弁連「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」)。
以上より、一旦濫用されれば憲法秩序の破壊、否定に至る国家緊急権を、日本国憲法を改正して創設する必要は全くないのであって、外国からの武力攻撃、内乱、大災害などについては既に自衛隊法、警察法、災害対策基本法などが制定されており、これらによって対応すべきである。
よって、岡山弁護士会は、日本国憲法を改正して国家緊急権を創設することには断固反対する。

2016年(平成28年)3月9日

岡山弁護士会
 会長 吉 岡 康 祐

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