消費者契約法改正についての意見書

消費者契約法改正についての意見書

国会に平成28年3月4日付で提出された消費者契約法の一部を改正する法律案及び今後さらに検討が予定されている消費者契約法の改正につき,以下のとおり意見を申し述べる。

第1 意見の趣旨
1 消費者の努力義務について
消費者契約法(以下「法」という。)第3条第2項の規定する消費者の努力義務は削除すべきである。
2 「勧誘」要件の在り方について
法第4条第1項から第3項の規定する「勧誘」の要件に関し,不特定の者に向けた広告等であっても,そこに重要事項についての不実告知等があり,これにより消費者が誤認をしたときは,意思表示の誤認取消しができることを明文化すべきである。
3 断定的判断の提供について
法第4条第1項第2号の規定する断定的判断の提供の対象は,「財産上の利得に影響するもの」に限定されないことを明文化すべきである。
4 「重要事項」について
法第4条第4項の「重要事項」の列挙事由として,「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」を付加すべきである。また,「重要事項」の列挙事由は例示列挙であることを明文化すべきである。
5 「不当勧誘行為に関するその他の類型」について
⑴ 困惑取消の対象となる事業者の行為として,現行法が定める不退去・退去妨害に加え,「執拗な勧誘」「威迫」を規定すべきである。
⑵ 不招請勧誘により消費者が被った損害に関する事業者の損害賠償義務を規定すべきである。
⑶ 合理的な判断を行うことができない事情を利用して不必要な契約を締結させる,いわゆる「つけ込み型不当勧誘」について,契約を取り消せる旨の規定を設けるべきである。
6 第三者による不当勧誘について
消費者が第三者の不当勧誘行為で契約を締結した場合,契約の相手方である事業者が悪意または有過失の場合には契約を取り消すことができる旨を明文化すべきである。
7 取消権の行使期間について
消費者契約に基づく意思表示の取消権の行使期間(法第7条第1項)を,少なくとも短期3年,長期10年とすべきである。
8 法定追認の特則について
消費者契約法の規定に基づく意思表示の取消しについては,法定追認の規定(民法第125条)を適用しないとする趣旨の特則を設けるべきである。
9 不当勧誘行為に基づく意思表示の取消しの効果について
消費者契約法に基づいて意思表示が取り消された場合における消費者の事業者に対する返還義務の範囲に関し,事業者は,消費者に対して,物の使用により得られた利益や費消されて現物返還が不可能になった物の客観的価値,権利の行使によって得られた利益,又は提供を受けた役務の対価のそれぞれに相当する金銭の支払いを請求することができないとする趣旨の規定を設けるべきである。
10 損害賠償額の予定・違約金条項について
⑴ 法第9条第1号は契約の解除に伴う損害賠償額の予定・違約金条項について規定しているが,契約の解除に伴う場合に限定せず,損害賠償額の予定・違約金条項一般について「平均的な損害の額」を超える部分は無効とする規定とすべきである。
⑵ 法第9条第1号の「平均的な損害の額」の主張・立証責任を事業者に転換する規定を設けるべきである。
11 不当条項の類型の追加について
⑴ア 消費者の解除権・解約権をあらかじめ放棄させる条項について,当該条項がなければ消費者に認められる解除権・解約権をあらかじめ放棄させる条項は例外なく無効とする旨の規定を設けるべきである。
イ また,消費者の解除権・解約権を制限する条項について,当該条項がなければ消費者に認められる解除権・解約権を制限する条項は,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合を除いて無効である旨の規定を設けるべきである。
⑵ 事業者に当該条項がなければ認められない解除権・解約権を付与し又は当該条項がない場合に比し事業者の解除権・解約権の要件を緩和する条項は,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合を除いて無効である旨の規定を設けるべきである。
⑶ 消費者の一定の作為又は不作為をもって当該消費者の意思表示があったものと擬制する条項は,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合を除いて無効である旨の規定を設けるべきである。
⑷ア 契約文言の解釈権限を事業者のみに付与する条項(解釈権限付与条項)については,例外なく無効とする旨の規定を設けるべきである。
イ 法律の規定若しくは契約に基づく当事者の権利・義務の発生要件該当性若しくはその権利・義務の内容についての決定権限を事業者のみに付与する条項(決定権限付与条項)については,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合を除いて無効である旨の規定を設けるべきである。
⑸ 本来であれば全部無効となるべき条項に,その効力を強行法によって無効とされない範囲に限定する趣旨の文言を加えたもの(サルベージ条項)については,例外なく無効である旨の規定を設けるべきである。
12 継続的契約の任意解除権について
消費者が事業者から継続的に商品を購入する継続的契約(以下「継続的商品購入型契約」という。)について,消費者が将来に向けて契約を任意に解除できる任意解除権を認める規定を設けるべきである。

第2 意見の理由
1 消費者の努力義務について
法第3条第2項は,消費者の努力義務として,「消費者契約を締結するに際しては,事業者から提供された情報を活用し,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努める」と規定しているが,消費者保護という立法目的と整合していないばかりでなく,事業者によって消費者の責任や過失を強調する根拠に用いられるおそれも否定できず,かえって法の目的に反する事態を招くおそれがあることから,これを削除すべきである。
2 「勧誘」要件の在り方について
法第4条第1項から第3項までは,事業者が「消費者契約の締結について勧誘をするに際し」一定の不当な行為をした場合に,消費者が意思表示を取り消すことができる旨を定めているが,ここにいう「勧誘」の意義については,「消費者の契約締結の意思形成に影響を与える程度の勧め方」をいうものと解されており,不特定多数の者に向けた広告等の記載や説明については,これを含むとする見解とこれを含まないとする見解が対立している。
しかし,不特定の者に向けた広告等の中にも,消費者の意思形成に対して直接的に不当な影響を与えるものがあり,事業者による働きかけが特定の者に向けられたものか不特定の者に向けられたものかによって区別すべき合理的根拠は見出し難い。
そこで,不特定の者に向けた広告等であっても,そこに重要事項についての不実告知等があり,これにより消費者が誤認をしたときは,意思表示の誤認取消しができることを明文化すべきである。
3 断定的判断の提供について
法第4条第1項第2号は,断定的判断の提供の対象について,「物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し,将来におけるその価額,将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」と定めているが,ここにいう「将来における変動が不確実な事項」の意義については,消費者の財産的利得に影響するものに限られるか否かについて見解の対立があり,消費者の財産的利得に影響するものに限られるとする見解からは,例えば,痩身効果,成績の向上,運命・運勢その他の商品役務の効果・効能が問題となるに過ぎない場合は断定的判断の提供の対象に含まれないものと解することになる。
しかし,そもそも,断定的判断の提供による意思表示の取消しは,将来を見通すことが困難である事項について断定するという行為態様を問題とするものであり,たとえ商品役務の効果・効能が問題となるに過ぎない場合であっても,断定的な判断を提供したという行為態様がある場合には,これを取消対象から排除すべき合理的根拠は見出し難い。
そこで,法第4条第1項第2号の規定する断定的判断の提供の対象は,「財産上の利得に影響するもの」に限定されないことを明文化すべきである。
4 「重要事項」について
⑴ 実務上,契約動機など契約締結の前提となる事実に関して不実告知がなされている事案は多く(例えば,実際にはシロアリはいないのに,点検の結果駆除の必要性があると消費者に告げて契約を締結させる点検商法など),そのような事案の消費者被害を救済する必要性は極めて高い。
また,訪問販売の禁止行為を定める特定商取引に関する法律(以下,「特商法」という)第6条第1項第6号においては,既に「顧客が当該売買契約又は当該役務提供契約の締結を必要とする事情に関する事項 」が列挙事由とされ,契約動機に関する事項が不実告知取消の対象として明文化されている(同法第9条の3第1項第1号参照)。これは,契約動機について不実告知がなされる事案の救済の必要性が高いことの証左である。
そこで,法第4条第4項の「重要事項」についても,「消費者が当該消費者契約の締結を必要とする事情に関する事項」を付加し,契約締結動機に関する事項も不実告知の対象に含まれることを明確化すべきである。
⑵ また,法第4条第4項は,「消費者契約に係る次に掲げる事項であって」と規定しており,第4条第4項第1号及び第2号に該当事由が限定列挙されているかのようにみえる。
しかし,仮にこれを限定列挙と解した場合,例えば,勧誘を行う事業者が,その資格や素性を偽って消費者を信用させた場合などにおいては,不実告知取消権が行使できないおそれがある。
一方,特商法第6条第1項第7号においては,「前各号に掲げるもののほか…契約に関する事項であって,顧客(中略)の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」という包括的な規定を置き,消費者を保護すべき事案に漏れがないように手当がされており,消費者の保護のため,列挙事由を限定的に捉えるべきではないことを明らかにしている。
そのため,法第4条第4項の「重要事項」については,特商法第6条第1項第7号と同様に,各号の列挙事由が例示列挙であることを明文化すべきである。
5 不当勧誘行為に関するその他の類型について
⑴ 「執拗な勧誘」「威迫」を困惑類型に付加することについて
現行法において,事業者の不当勧誘行為で消費者が困惑して契約を締結し,取り消すことができるもの(いわゆる困惑類型)は,法第4条第3項によって,不退去及び退去妨害に限られている。しかし,事業者の不当な勧誘行為で消費者が困惑し,契約を締結してしまったという事案は,不退去及び退去妨害に限られず,執拗な勧誘(何度も繰り返し勧誘を行う場合),威迫(脅迫に至らない程度で,怒鳴ったり,居丈高な態度で契約を迫る場合)の場合も多く,消費者が困惑させられ,契約を締結させられたケースであっても,救済の必要性が高いことは同様である。
そのため,執拗な勧誘,威迫についても,困惑惹起行為として,法第4条第3項に付加すべきである。
⑵ 不招請勧誘に関する規律を設けることについて
不招請勧誘は,消費者の都合を一切無視した勧誘方法であり,それ自体が消費者の私生活の平穏を侵害する類型的な不当勧誘行為であると言え,消費者被害の温床となっている。
そのため,不招請勧誘について,私法上も違法な行為であることを明らかにし,これを一律禁止とすることまでは難しいとしても,少なくとも消費者に救済手段を与えることが望ましい。
具体的な規定のあり方としては,契約締結前の段階にあっても私生活の平穏を侵害している点において民事上も違法な勧誘行為であることを明らかにし,個々の被害者に救済手段を与える必要があることを踏まえ,損害賠償義務を規定すべきである。
⑶ 合理的な判断を行うことができない事情を利用して契約を締結させる類型についての規定を設けることについて
認知症等の事情で合理的な判断ができない状況にある消費者を狙った消費者被害は極めて多い。社会の高齢化が急速に進む我が国において,高齢者が安心して生活できる社会とするためにも,かかる被害は放置できない。その意味で,消費者が合理的な判断ができない事情があることを利用して不必要な契約を締結させる,いわゆる「つけ込み型不当勧誘」を規制する必要性は極めて高い。
具体的な規定のあり方としては,まず,主観的要素として,典型的な被害類型である「判断力の不足,知識・経験の不足,心理的な圧迫状態,従属状態」などを例示列挙した上で,当該事情があるために一般的・平均的な消費者であれば通常することが出来る判断が出来ない状況という趣旨で,「消費者が当該契約をするかどうかを合理的に判断することができない事情」がある場合には契約を取り消すことができるとの規定を設けるべきである。また,事業者の取引の安全への配慮という観点からは,事業者の主観的態様として,上記のような事情を事業者が利用したという要件を付加すれば足りる。
また,客観的要素として,事業者の当該行為がなければ,一般的・平均的な消費者であれば通常締結するとは考えられない契約を締結させられたという趣旨で「不必要な契約を締結したこと」を要件とすべきである。客観的に不必要な契約であると認められるならば,契約の効力を否定することが相当である。
6 第三者による不当勧誘について
法第5条第1項は,事業者から消費者契約の締結について媒介の委託を受けた第三者が消費者に対して不当勧誘行為をした場合において,消費者に意思表示の取消しを認めているが,その一方,事業者から委託を受けていない第三者(あるいは事業者と委託関係があるか不明な第三者)が不当勧誘行為をした場合についての規定はない。そのため,事業者において,第三者が不当勧誘行為をしたことや消費者がそれに基づく誤認・困惑によって意思表示をしていることを知っていた場合であっても,消費者は意思表示を取り消すことができないことになる。
しかしながら,いわゆる劇場型勧誘のように,事業者と第三者との間に委託関係があることを消費者が立証することが困難な事案において消費者が被害を受ける実例は多く見られる。このような場合においても,消費者が,およそ消費者の知り得ない事情である事業者と第三者との間の委託関係をも立証しない限り意思表示を取り消し得ないとすれば,事実上消費者救済の途は閉ざされてしまうことになりかねない。
そこで,事業者と第三者との間に委託関係が明らかでない場合であっても,事業者が,第三者の不当勧誘行為及びそれに基づく誤認・困惑によって消費者が意思表示をしていることを知っていた又は知ることができた場合には,消費者に取消権を認めるべきである。
7 取消権の行使期間について
消費者生活相談の現場では,「騙されて恥ずかしい等々と思い悩むうちに6か月以上経ってしまった」という場合など,現行法の定める取消権の行使期間を経過してしまってから被害者が相談に訪れるという事案が少なからず存在する。また,国民生活センターが全国の消費生活センターを通じて行った消費生活相談員に対するアンケートによれば,回答をした1553人の消費生活相談員の内,騙されて契約したことに気づいてから6か月以上経っていた相談を受けたことがある相談員が1136人,契約から5年以上経過した相談を受けたことがある相談員が806人いたとされる。
そもそも,消費者契約を巡る法律関係については,権利が転々流通するといった事情や身分関係のように時間の経過とともに権利義務関係が積み重なっていくといった事情は希薄である。さらに,取消権行使の前提には,事業者による不当勧誘行為があることも考慮すると,消費者の被害救済を犠牲にしてまで,法律関係の早期安定化の要請が強く働くものではない。
消費者契約法専門調査会報告書では,短期を1年に伸長すべきとしているが,民法における取消権の短期消滅時効(民法126条)が5年であることと比較してみても,現行の消費者契約法第7条第1項に基づく意思表示の取消権の行使期間(短期6か月,長期5年)は,実効的な消費者被害の救済のためには短すぎるといえ,その期間を伸長する必要があることから,少なくとも「短期3年,長期10年」に伸長すべきである。
8 法定追認の特則について
法第11条第1項は,消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しに関して,消費者契約法に定めがない事項については,民法及び商法の規定が適用されることを定めている。そのため,消費者契約法に基づく意思表示の取消しにも,民法の法定追認の規定(同法第125条)が適用されることとなる。
しかしながら,消費者契約においては,法に詳しくない消費者が,明確に意図しないままに民法第125条各号の行為をし,取消権を行使できなくなることの不都合性が指摘されているところである。
例えば,契約締結直後に事業者が消費者に対して商品を手交した場合にも,「全部又は一部の履行」(同条第1号)に該当し,法定追認が成立すると判断されるおそれや,また,事業者が消費者の無知に乗じて,消費者が自ら民法第125条各号に掲げる行為をするよう誘導するおそれもある。
このように消費者が,不当勧誘に基づいて契約を締結した後,事業者から求められて代金を支払ったり,事業者から商品を受領したりした場合に一律に法定追認が認められると,取消権を付与した意味が失われかねない。
その一方で,法定追認事由が生じた場合には,契約が取り消されることはないと信頼した事業者側の取引の安全にも配慮する必要があると考えられるが,事業者の側に取消原因に当たる不当勧誘行為があることが前提となっていることを考慮すれば,事業者の取引の安全は,消費者の被害救済に優先すべき利益とは考えられない。
以上を踏まえると,消費者契約法に基づく取消権との関係では,法定追認の規定(民法第125条)を適用しないこととする旨の特則を設けるべきである。
9 不当勧誘行為に基づく意思表示の取消しの効果について
消費者が消費者契約法に基づいて意思表示を取り消した場合における消費者の返還義務の範囲について,現行法の下では,民法第703条が適用されると考えられる。すなわち,消費者が物の給付を受けていた場合,原則として現物を返還することになり,毀損・変質などで価値が減少していた場合でもその物自体を現存利益として返還すれば足りる。また,現物返還が不可能な役務などの場合には現物の返還に代えてその客観的な価値を金銭で返還することになる。
これに対し,民法改正法案における新民法第121条の2の下では,有償行為が無効であったり取り消されたりした場合には,受領したものが滅失して現物を返還することが不可能になった場合であっても原状回復義務を免れることはなく,現物の返還に代えてその客観的価値を金銭で返還しなければならなると考えられる。
しかしながら,消費者契約において提供された商品及び役務は,たとえ取消原因が存在する場合であっても直ちに費消されることが予定されているのであって,仮に,消費者契約法に基づく取消権を行使しても提供された役務や商品の対価相当額の原状回復を負担しなければならないとすると,消費者は契約上の対価の支払義務を負担していることと同じであり,消費者は全く救済されない結果となる。
さらには,不当勧誘行為を行った事業者の「やり得」「利得の押し付け」を許す結果となってしまい,取消権を認めた趣旨が没却され不合理である上に,不当勧誘行為の抑止という観点からも問題がある。
したがって,消費者契約法に基づく取消権を行使した場合の返還義務の範囲に関して,原状回復義務を免除又は縮減する特別規定を設けることは不可欠である。
また,原状回復義務の範囲についてルールを明確にせず,現存利益の解釈に委ねることとなると,消費者生活相談現場における対応が困難となるばかりか,役務提供契約の場合には何をもって現存利益とするか不明確となり,かかる規定が骨抜きになる恐れがある。
よって,消費者契約法に基づいて意思表示が取り消された場合における消費者の事業者に対する返還義務の範囲に関し,事業者は,消費者に対して,物の使用により得られた利益や費消されて現物返還が不可能になった物の客観的価値,権利の行使によって得られた利益,又は提供を受けた役務の対価のそれぞれに相当する金銭の支払いを請求することができないとする趣旨の規定を設けるべきである。
10 損害賠償額の予定・違約金条項について
⑴ア 法第9条第1号は,契約の解除に伴う損害賠償額の予定・違約金条項について規定している。しかし,同条の趣旨は高額な損害賠償額の予定や違約金により消費者が不当な出捐を強いられるのを避ける点にある。このような同条の趣旨に鑑み,契約の解除に伴う場合に限定せず,損害賠償額の予定・違約金条項一般について「平均的な損害の額」を超える部分は無効とすべきである。
イ(ア) 金銭消費貸借における期限前弁済について
民法改正案における新民法第591条第3項は,「当事者が返還の時期を定めた場合において,貸主は,借主がその時期の前に返還をしたことによって損害を受けたときは,借主に対し,その賠償を請求することができる。」と規定する。
しかし,当該規定が,消費者である借主が期限前弁済した時に約定利息金など事業者の履行利益を賠償するのが当然であるといった誤った実務や悪質な業者による濫用的な運用を招かないようにする必要がある。
そもそも利息は元本の使用対価としての性質を有しており,期限前弁済をした場合には弁済時から約定期限までは元本使用が存在せず,使用対価としての利息の発生を観念する前提を欠く。この弁済時から約定期限までの間についての約定利息相当額または利息制限法所定の利率を超える利息相当額を予定している場合には現行法第10条により無効となるという裁判例もある(京都地判平成21年4月23日 判例時報2055号123頁)。実際問題としても,例えば消費者金融の場面を想定した場合,貸主である消費者金融業者は一般に多数の小口貸付けを行っているため,借主が期限前弁済をした金銭を他の顧客に対する貸付けに振り向けること等によって特段の損害が生じないことも多い。そして,金銭消費貸借における期限前弁済については,実質的に契約を終了させる点で契約の解除の場合と差異がない。
そこで,契約の解除に伴わない損害賠償額の予定条項についても,実質的に契約が終了する場合には規制の対象となるよう規律を及ぼすべきである。
(イ) 賃料相当損害金以上の損害金について
賃貸借契約終了から明渡しまでの間について,賃貸人が賃料相当損害金以上の利益を享受することは本来的に予定されておらず,このような場合に,損害賠償額の予定により貸主が不当な利得を得るべきものではないことは,契約の解除に伴わない契約終了の場合においても同様である。
そのため,賃貸借契約終了から明渡しまでの間に賃料相当損害金以上の損害金を支払う旨の条項についても規制の対象となるよう規律を及ぼすべきである。
⑵ 当該事業者に生ずべき平均的な損害は,通常は当該事業者にしか知りえない事柄であり,消費者に主張立証責任を課すのは不可能に近い困難を強いるものである。そのため,実務においては消費者が当該要件を立証するために困難を極めている現状が存在する。このような状況においては,法の適用が事実上不可能となり,消費者の救済を図った法第9条第1号が死文化してしまう。他方,事業者においては,自らの帳簿その他の内部資料によって,平均的損害を主張立証することは容易である。したがって,主張立証責任を公平かつ合理的に分担するという観点及び消費者保護という法の趣旨から,「平均的な損害の額」の主張立証責任を事業者に転換すべきであり,「平均的な損害の額」の主張立証責任を事業者に転換する規定を設けるべきである。
11 不当条項の類型の追加について
⑴ 消費者の解除権・解約権をあらかじめ放棄させ又は制限する条項
民法等で認められた消費者の解除権は,事業者が債務を履行しない場合 等において消費者が契約から離脱することを可能とする重要な権利である。このような解除権をあらかじめ放棄させ又は制限する契約条項は,消費者の重要な権利を奪うものであり,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項であると考えられる。
実際に,消費者と事業者との間で作成される契約書には,「いかなる理由があっても契約の解除は認めない」といった事業者の債務不履行を理由とする場合も含め,解除をすべて否定する契約条項が現に存在しており,そのような契約条項が無効であることを明確にする必要性は高い。
また,消費者の解除権をあらかじめ放棄させ又は制限する契約条項を無効としても,事業者は損害賠償の予定条項等によって契約解除に伴う合理的な損害を填補することができ,不合理な結論とはならない。
ア 解除権・解約権放棄条項について
消費者の解除権・解約権をあらかじめ放棄させる条項については,有効とすべき合理的な場面を想定しがたく,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるため,このような条項は無効とすべきである。
イ 解除権・解約権制限条項について
他方で,消費者の解除権・解約権を制限する条項については,上記のとおり,類型的に消費者の利益を害するものではあるが,例えば,不動産の売買契約において,建物の基本的構造部分以外の軽微な瑕疵を理由に契約の解除はできない旨の条項など,一概に不合理といえない場合も考えられる。
したがって,消費者の解除権・解約権を制限する条項は,原則として無効とした上で,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性を事業者が明らかにした場合に限り,有効とすべきである。
⑵ 事業者に当該条項がなければ認められない解除権・解約権を付与し又は当該条項がない場合に比し事業者の解除権・解約権の要件を緩和する条項
事業者に民法その他の法律の規定に基づかない解除権・解約権を付与す る契約条項や解除権・解約権の要件を緩和する契約条項は,事業者に消費者に対する契約責任を一方的に消滅させたり,緩和することを許容する規定内容であることから,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項と考えられる。
もっとも,例えば,事業者が消費者に対し商品を販売する際,事業者が商品の入荷を消費者に通知したにもかかわらず,相当な期間が経過しても消費者が引き取りに来ない場合に,事業者が売買契約を解除することができるとする条項など,一概に不合理といえない場合も考えられる。
したがって,事業者に当該条項がなければ認められない解除権・解約権を付与し又は当該条項がない場合に比し事業者の解除権・解約権の要件を緩和する条項は,原則として無効とした上で,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合に限り,有効とすべきである。
⑶ 消費者の一定の作為又は不作為をもって消費者の意思表示があったものと擬制する条項
消費者が何らの意思表示をしていないにもかかわらず,一定の作為また は不作為をもって当該消費者の意思表示を擬制するという契約条項は,当該消費者の真意に反する法律効果が擬制された場合には,当該消費者に予期せぬ不利益を与えることから,このような契約条項は,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項と考えられる。
もっとも,例えば,飛行機の予約をする際に,予約から72時間以内に料金を支払わなかった場合には,キャンセルされたものとみなす旨の条項など,一概に不合理といえない場合が考えられ,このような条項については多様なものが考えられる。このように,当該作為又は不作為と擬制される意思表示との関連性が強く,当該作為又は不作為をもって特定の意思表示があったものと評価することが合理的である場合などにおいては,当該条項を有効と考える余地がある。
したがって,消費者の一定の作為又は不作為をもって消費者の意思表示があったものと擬制する条項は,原則として無効とした上で,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合に限り,有効とすべきである。
なお,このような契約条項のうち,消費者の不作為をもって当該消費者が新たな契約の申込み又は承諾の意思表示をしたものとみなす条項については,消費者が何もしていないにもかかわらず,新たに債務を負うことになる意思表示を擬制されることになるから,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項と考えられる。したがって,このような条項は,法第10条により無効とすべきである。
⑷ア 解釈権限付与条項(例えば,ポイントサービスの会員規約の「本規約の解釈等に疑義が生じた場合,当社は,信義誠実の原則に基づいて決するよう努め,会員はその決定に従うものとします」という条項)は,契約の一方当事者である事業者が,契約内容や法的責任の存否などを自ら決定できるため,恣意的判断のおそれが高く,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項である。そして,この条項を有効とすべき合理的な場面を想定しがたく,正当性・必要性が見出し難いため,例外なく無効とすべきである。
イ 決定権限付与条項(例えば,フィットネスクラブの会則の「本クラブの施設利用に際して本人または第三者に生じた人的・物的事故については,会社は一切損害賠償の責を負いません。但し,会社の調査により会社に過失があると認めた場合には,会社は一定の補償をするものとします」という条項)は,上記アと同様,消費者の地位を極めて不安定にするものであり,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものともいえるが,例えば,暴力団である蓋然性の高い顧客との契約を打ち切る場合など,実務上,必要性が高く相当性のある場合もありうる。
そこで,原則として無効とした上で,当該条項が消費者に与える不利益を上回る業務上の必要性・相当性が認められる場合に限り有効とすべきである。
⑸ いわゆるサルベージ条項(例えば,「法律で許容される範囲において一切の責任を負いません」など。)については,無効を主張しない消費者には本来無効な不当条項がそのまま適用されてしまう,事業者に適正な内容の条項を策定するインセンティブが働かない,消費者が無効の立証を諦める結果を招きやすく脱法的な効果があるなど,現実的な弊害や危険性が大きい。
したがって,サルベージ条項は,類型的に信義則に反して消費者の利益を一方的に害する契約条項である。また,このような条項については,有効とすべき合理的な場面を想定しがたく,正当性・必要性が見出し難いため,例外なく無効とすべきである。
12 継続的契約の任意解除権について
消費者が事業者から継続的に役務を受領する継続的契約(以下「継続的役務受領型契約」という。)については,民法第651条の適用・準用や特商法第49条第1項により消費者の任意解除権が認められている。他方,継続的商品購入型契約については,これらの民法や特商法の規定は適用されないことから,現在は消費者の任意解除権は認められていない。
しかし,継続的契約の場合,契約期間が長期間となり,対価が高額となることが多い。また,契約締結後に,転勤など契約を継続することが困難となる事情が生ずる場合もある。そして,希望しない継続的契約に長期間拘束され続けることは,消費者にとって大きな不利益である。実際にも,長期にわたる新聞,食品,学習教材等の購入契約などの中途解約をめぐる問題が大きな紛争や苦情の対象となっている。このような消費者トラブルを手当するという観点からも,継続的役務受領型契約と同様に継続的商品購入型契約についても中途解約権を規定する必要がある。
また,そもそも民法第651条の趣旨は,委任契約が当事者双方の特別な対人的信頼関係を基礎とする契約であることに鑑み,委任者・受任者のいずれからでも自由に解約できるようにした点にある。そして,継続的商品購入型契約においても信頼関係が破壊されることは想定されることから,継続的役務受領型契約と同様に民法第651条の趣旨が妥当する。
さらに,事業者の利益保護という観点からは,中途解約の際には事業者から消費者に対して合理的かつ相当な違約金を請求できること,金銭による解決が可能であることを明らかにすれば,大きな弊害は生じない。
このように,継続的商品購入型契約においても,継続的役務受領型契約と同様に,消費者に対して将来的に契約から離脱できる任意解除権を認める規定を設けるべきである。

以上

平成28年4月20日

岡山弁護士会
                        会長 水 田 美由紀

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2016-04-20 | Posted in 意見表明・お知らせNo Comments »