(2026.05.21)最高裁判所判決を受けた厚生労働省の対応策の撤回及び 生活保障法の制定を求める会長声明
1 2026年3月12日、岡山県内で生活保護を利用していた23名が、国及び自治体を相手取って、2013年から3回に分けて行われた生活扶助基準の引下げ(以下「本件引下げ」という。)に係る保護費減額決定処分の取消等を求めた裁判について、広島高等裁判所岡山支部第2部(井上一成裁判長)は、原告らの請求を認めて保護費減額決定処分を取り消した岡山地方裁判所の判決を維持して、地方自治体からの控訴を棄却する判決を言い渡した。なお、上記判決は確定している。
2(1)本件引下げは、「ゆがみ調整及び2分の1処理」(所得下位10%層の消費実態と生活扶助基準の消費実態を、指数を用いて比較したところ、年齢・世帯人員・地域別に「ゆがみ」があり、これを是正するための調整を行った。さらに、激変緩和のため検証数値を2分の1とした。)及び「デフレ調整」(2008年から2011年にかけて4.78%の物価下落があったため、この物価下落を考慮して調整を行った。なお、物価下落率4.78%という数字は、厚労省独自の指数を用いて算出された。)の2つの理由を根拠として行われた。
(2)2025年6月27日、最高裁判所第三小法廷は、「デフレ調整」について、専門技術的見地からの検討が行われていないことなど、本件引下げの判断過程に過誤があることを理由に本件引下げの違法性を認めた。
上記最高裁判決の多数意見は、「ゆがみ調整及び2分の1処理」については違法としなかったが、宇賀克也裁判長は反対意見において、2分の1処理について専門家の意見を聴取しなかったこと、ゆがみ調整の結果生活扶助を増額される者にとって、2分の1処理は激変緩和とはいえず不利益な措置であることなどを理由に、判断過程に過誤があるとして違法性を認めた。
(3)2024年10月28日に言い渡された岡山地裁判決では、ゆがみ調整の改定率の算出にあたり、減額改定となる部分のみならず、増額部分となる部分についても一律に2分の1処理を行った点について、被保護者の生活への影響等の観点からみて裁量権の逸脱又は濫用があり違法であると判断された。
なお、上記の広島高裁岡山支部判決では、最高裁法廷意見と同様の理由により、本件引下げが違法であると判断された。
3 国は、最高裁判決への対応に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)の検討を経たうえで、対応策(以下「本対応策」という。)を公表した。本対応策の概要は、原告らを含む全ての生活保護利用世帯に対し、①本判決で違法とされなかった「ゆがみ調整及び2分の1処理」を再実施し、②本判決で違法とされた「デフレ調整」(-4.78%)に替え、下位10%の低所得者世帯の消費実態との比較による新たな減額調整(-2.49%)を行った上で、③原告らについてのみ「特別給付」として②による減額相当分を追加給付するというものであった。
4 しかし、本対応策は、以下の観点から重大な問題がある。
(1)まず、原告らについては、保護費減額処分の取消しにより、本引下げ前の基準による生活保護費との差額の給付請求権が法律上生じているにもかかわらず、本対応策①は、本来給付を受けるべき金額を減額し、事後的に不利益変更を行うものである。この給付請求権は、生存権(憲法25条)に由来する重要な権利であるところ、本対応策①はこの権利を遡及的に侵害するものであり、遡及立法禁止の原則の趣旨に反するものである。
なお、本対応策①で再実施される「ゆがみ調整及び2分の1処理」については、上述したように、最高裁宇賀裁判長反対意見や岡山地裁判決のほか、他地裁、他高裁の一部の判決においても違法と判断されている処理方法である。このように、違法性についての司法判断が分かれている処理方法を、最高裁多数意見が違法と判断しなかったことをもって、当然に再実施することには疑問がある。
(2)また、本対応策②の新たな減額調整は、訴訟の終盤において、国側がデフレ調整を正当化する根拠として主張したものの最高裁判決が採用しなかったものである。これを再減額の根拠として用いることは最高裁判決の判断を蔑ろにするものにほかならない。専門委員会においても、行政法学者の委員が、前訴で主張し又は主張し得た理由に基づく再減額改定を正当化することは困難と指摘していたことからすれば、専門的知見に反するだけでなく、本判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)に由来する紛争の一回的解決の要請にも反している。
(3)さらに、違法とされた基準引下げによる不利益はすべての生活保護利用者が等しく被っており、専門委員会の一部委員も指摘したとおり一連の訴訟が代表訴訟的性格を有していることや、そもそも本判決が全ての生活保護利用者に適用される基準引下げ自体を違法と判断したことからすれば、本対応策③により、訴えを提起したか否かで補償内容に差異を設けることは、法の下の平等(憲法14条)や無差別平等原理(生活保護法2条)に反する。
(4)なによりも本対応策のような行政判断が実行されることは、司法の本質的役割を蔑ろにすることになり、法の支配、三権分立を瓦解させることになる。
5 我が国において貧困とされる人のうち、生活保護の利用にたどりつけている人は1割程度にしか満たない。また、生活保護の利用にたどり着いた人も、度重なる生活保護基準の引き下げにより、「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を保障されているとはいい難い状況にある。
日本弁護士連合会は、2024年10月4日に開催された人権擁護大会において、「『生活保障法』の制定等により、すべての人の生存権が保障され、誰もが安心して暮らせる社会の実現を求める決議」を発出し、「健康で文化的な生活」水準を保障するため、生活保護基準の改定は、利用当事者の意見を反映させた専門的知見を有する審議会の検証結果を踏まえ、統計等の客観的数値等の合理的関連性について再検証可能な方法により行うこと等を定める法改正を求めた。
国による本対応策は、日本弁護士連合会が求める内容に逆行し、利用者の実態に反してさらに生活保護基準を引き下げようとするものである。このような引き下げがなされないよう、今こそ「生活保障法」の早期の制定が必要である。
6 岡山県は、憲法25条の生存権侵害が正面から争われた朝日訴訟の舞台であり、今でも原告朝日茂さんの闘いを記した「人間裁判」の碑が大切に守られている。それゆえに、本対応策の数々の問題点を見過ごすことはできない。
以上から、当会は、国及び厚生労働大臣に対し、本対応策を撤回し、すべての生活保護利用者に対する全面的な被害回復措置を直ちに実施することを求めるとともに、違法な生活保護基準の引下げが再び行われることのないよう、「生活保障法」の制定を強く求める。
以上
2026年(令和8年)5月21日
岡山弁護士会
会長 佐々木 基 彰









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