(2021.06.11)最低賃金の大幅引上げを求める会長声明

1 中央最低賃金審議会は,2020年度の地域別最低賃金額改定について,引上げ額の目安を示さない旨の答申を行った。これを受けて,各地域の地方最低賃金審議会も引上げ額を抑制し,岡山県においても1円の引上げ(時給834円)にとどまった。
 これは,新型コロナウイルスの感染拡大により,経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産や廃業に追い込まれる懸念が広がる中,最低賃金の引上げが企業経営に与える影響に配慮したものと考えられる。
 しかしながら,時給834円という水準は,岡山県の最低賃金の引上げが見送られたに等しく,地域間格差の是正はもとより,コロナ禍において低賃金で働くことを余儀なくされている労働者の生活改善も先送りとなってしまう。

2 最低賃金制度の目的は,賃金の低廉な労働者について,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もって,労働者の生活の安定,労働力の質的向上等を図ることにある(最低賃金法(以下「法」という。)第1条)。
 しかし,時給834円という水準では,フルタイム(1日8時間,週40時間,年間52週)で働いても,月収は14万4560円(年収は173万4720円)に留まる。現時点の我が国の社会状況に鑑みた場合,同金額をもってしては,各種の給付の存在を考慮したとしてもなお, 労働者が健康で文化的な生活を営んでいくこと,子どもを生み育てていくことは極めて困難である。
 したがって,上記金額では,法の目的を達成するに足りる水準に達しているとは言えない。

3 また,時給834円という水準は,先進諸外国の最低賃金と比較しても低い。例えば,フランスでは,2021年1月に10.15ユーロ(約1320円)から10.25ユーロ(約1332円)に引き上げられた。ドイツでは,2021年1月に9.50ユーロ(1235円)へ引き上げられ,さらに同年7月から9.60ユーロ(1248円)へ,2022年1月に9.82ユーロ(約1277円)へ,同年7月に10.45ユーロ(約1359円)へ引上げとなることが決定された。日本円に換算すると,いずれも1200円を超えている(円換算は裁定外国為替相場(2021年5月中において適用)による。)。
 このように多くの国において,コロナ禍でも最低賃金の引上げが実現しているのである。
 なお,実質賃金のレベルでみても,日本は先進諸外国と比べ,低迷したままである。

4 現在の最低賃金法では地域別最低賃金制度が採用されているため,2020年度地域別最低賃金では,最も高い東京都では1013円,最も低い7県は時給792円であり,221円もの賃金格差が発生している。
 岡山県でも,隣接する広島県の最低賃金(871円)とは37円,同じく兵庫県の最低賃金(900円)とは66円もの格差が生じている。1日8時間,1か月22日間働くとすると,1か月分の賃金格差は,広島県との間で6512円,兵庫県との間で1万1616円にもなる。
 しかも,このような賃金格差は,年々拡大している。2008年度の最低賃金は,岡山県が669円であったところ,広島県は683円(14円差),兵庫県は712円(43円差)であった。
 最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係がみられるところ,このような事態を放置すれば,今後,さらに賃金格差が拡大し,岡山県外に労働力が流出する事態につながりかねない。
 都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化の上でも有益であるから,政府においても,早急に,最低賃金の地域間格差の是正,全国一律最低賃金制度の実現に向けた検討を開始すべきである。

5 以上のような考え方に対しては,新型コロナウイルスの感染拡大により,特に中小企業の経営は厳しい状況が続いていることから,最低賃金引上げは企業の負担となり,ひいては解雇や雇止めが増え雇用が一層悪化する懸念があるとの理由より,引上げを抑制すべきという議論もある。
 確かに,中小企業に対する支援は必要であり,社会保険料の減免や減税,雇用調整助成金の継続と充実等の施策によって十分に行われるべきである。
 その上で,「労働者の生活の安定」を図るという法の目的に照らし,雇用を守りつつ,労働者の生活底上げのため,最低賃金引上げの流れは維持しなければならない。今や雇用労働者の約4割が非正規雇用であり,非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者の割合は増加傾向にある。
 新型コロナウイルス感染症対策の最前線となる医療・介護関係や流通・小売関係の労働者についても,最低賃金近傍の賃金で働いている労働者は多い(近年の統計調査によれば,地域別最低賃金×1.15未満の賃金の労働者は,医療・福祉関係で約30万人,卸売・小売業では120万人を超えている。)。そのような労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯であり,緊急事態に対応するための十分な貯蓄もない。

6 政府は,もともと,2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,2020年までに全国加重平均1000円にするという目標を明記していた上,2019年6月21日,閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2019」において,改めて「より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す。」と宣言していた。
 また,2021年3月22日の経済財政諮問会議(議長・菅義偉首相)においても,今後の経済再生策を議論し,菅首相は「最低賃金をより早期に全国平均1000円とすることを目指す」と明言していることから,政府目標を達成するために最低賃金の大幅な引き上げが必要不可欠である状況に変わりはない。

7 以上より,当会は,岡山地方最低賃金審議会に対し,早急に地域間の最低賃金格差を是正し,少なくとも最低賃金を全国加重平均(2020年度で902円)の水準に引き上げ,労働者の生活の安定及び労働力の質的向上を図るため,本年度の岡山県における地域別最低賃金額について68円以上の引上げを答申することを求める。
 さらに,同審議会における審議の公正及び透明性を確保するため,同審議会の意見に関する異議申出についての審議を含め,審議の全面公開を求める。
 また,岡山労働局長に対して,1時間あたりの地域別最低賃金額を本年度より68円以上引上げ902円以上に決定することを求める。

 

2021年(令和3年)6月11日

岡山弁護士会     
会長 則 武   透

 
 


この記事の作成者

岡山弁護士会
〒700-0807
岡山市北区南方1-8-29
TEL.086-223-4401(代)
FAX.086-223-6566
2021-06-11 | Posted in 意見表明・お知らせComments Closed