(2020.10.16)日本学術会議の任命拒否に抗議し,任命拒否を撤回し,任命拒否された推薦者の任命を求める会長声明

1 はじめに
 菅義偉内閣総理大臣は,2020年10月1日,日本学術会議の新会員について,同会議が推薦した105名の推薦者のうち6名の任命を拒否し,99名のみを任命した。
 このたび推薦者の任命を拒否した理由について,加藤勝信官房長官は本年10月1日及び10月2日の記者会見において「コメントは差し控える」としつつ,「日本学術会議からの推薦に基づきながら,私どもとして専門領域の業績にとらわれない広い視野に立って総合的俯瞰的観点からの活動を進めていただくため累次改正をなされてきたこと,こうしたことを踏まえて実施をした」と説明し,研究業績以外の考慮を行ったことを明らかにした。そして,任命拒否の根拠について,「法律上,内閣総理大臣の所轄であり,会員の人事等を通じて一定の監督権を行使するっていうことは法律上可能となっております」と回答しており,内閣総理大臣の監督権の行使であると説明した。

2 内閣総理大臣による任命拒否は,立法者意思に反し違法であること
(1)そもそも日本学術会議とは,日本の科学者を内外に代表する機関である。内閣総理大臣の所轄とされているが,政府から独立して職務を行うものとされている。(日本学術会議法(以下「法」という。)1条~3条)
 日本学術会議の職務は,科学に関する重要事項を審議し,その実現を図ること及び科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させることと定められ(法2条),主な役割は①政府に対する政策提言,②国際的な活動,③科学者間ネットワークの構築,④科学の役割についての世論啓発である。
 日本学術会議の会員は210名である。任期が6年であり,3年ごとに半数を任命することとされている。会員の任命に当たっては,日本学術会議が優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し,内閣総理大臣に推薦し,この推薦に基づいて内閣総理大臣が任命することとされている。(法7条,17条)
(2)かつては,日本学術会議の会員は,立候補と選挙によって組織されていた。その後,1983年の法改正によって,推薦に基づいて内閣総理大臣が任命するという制度が定められた。 この法改正の際の国会審議において,日本学術会議の独立性が侵されるのではないかが問題となり,当時の中曽根首相からは「学術会議法の改正につきまして,従来の選挙制度がいわゆる推薦制に変わりましたが,これはいままでの経緯にかんがみまして推薦制というふうになったのであるだろうと思います。
 しかし,法律に書かれてありますように,独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません。学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして,特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして,そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます。」「学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので,政府が行うのは形式的任命にすぎません。
 したがって,実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので,政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば,学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」と説明されており,内閣総理大臣の任命権は形式的なものに過ぎないと答弁されていた。
(3)この度の内閣総理大臣による任命拒否は,かつての国会答弁によって確認された立法者意思に明らかに反し,違法である。

3 内閣総理大臣には実質的人事権はないこと
 加藤勝信官房長官は,この度の任命拒否について,任命権という言葉を使用せずに「会員の人事等を通じて一定の監督権を行使する」との表現を用いて、内閣総理大臣に実質的な人事権があることを前提にした説明をしている。
 しかし,日本学術会議は,前述したとおり,内閣総理大臣の所轄ではあるものの,政府から独立して政策提言等を行うものとされており,運営においては内閣総理大臣の指揮監督に服さない組織である。内閣総理大臣の任命権は形式的なものに過ぎず,任命においても内閣総理大臣の監督権は実質的には存在しないものと言わざるを得ない。
 このことは「会員に会員として不適当な行為があるとき」にあっても,内閣総理大臣には独自の解任権はなく,日本学術会議の申出に基づいて退職をさせることができるに過ぎないと定められていること(法26条)からも明らかであり,内閣総理大臣には会員の人事権がないものとして制度設計が行われている。任命拒否があれば定足数を欠く事態に陥ることが容易に予測されるにも関わらず,日本学術会議が定数ちょうどの人数を推薦してきたことからも,これまで内閣総理大臣に人事権がないという解釈を前提とした推薦運用がなされてきたことは明らかである。

4 任命拒否により学問の自由が侵害されたこと
(1)学問の自由の内容
 日本国憲法23条が保障する学問の自由は,明治憲法下において学問や学説が直接に国家権力によって弾圧された歴史を踏まえて,日本国憲法において,思想及び良心の自由や表現の自由とは別途,特別に規定されたものである。学問の自由とは,学問研究の自由,研究発表の自由,教授の自由という主観的権利を保障するという意味に加え,これらの自由を客観的制度的に保障するための学術職・学術機関の独立性・自律性,政治的介入の禁止という意味を持つ。後者は特に研究機関である大学における「大学の自治」として論じられる。
(2)客観的制度的保障としての自治の侵害であること
 日本学術会議は,戦前において科学者が弾圧を受けてきたことの反省から,憲法第23条により保障される学問の自由を実質的に保障するため,我が国を代表する学問コミュニティを政府から独立して組織することを目的として設置されたものであり,学術機関としての側面を有する。これまでにも,政府から独立した機関として科学的な事柄に対して声明や提言を行ってきた。
 このような学術的機関としての役割に照らせば,日本学術会議は,大学と同じく,政府からの独立性・自律性が憲法上の学問の自由から要請されており,客観的制度的保障となっているというべきである。
 このように,学問の自由を客観的制度的に保障するべき日本学術会議の会員の任命につき,内閣総理大臣が違法な介入を行うことは,学術機関の独立性・自律性を侵害し,学術機関への不当な政治的介入というべきものであって,まさに憲法23条が保障する学問の自由に対する侵害である。
(3)学問研究の自由及び研究発表の自由を萎縮させかねないこと
 学問の自由の主観的権利の側面からは,学問・研究内容によって公権力から差別的・不利益的取扱いを受けないことが導かれる。
 このたびの任命拒否の理由について詳細は明らかにされていないが,研究業績以外の考慮が行われたことが説明されている。
 任命拒否された6名の学者は,いずれも特定秘密保護法,安全保障関連法,共謀罪制定等の内閣提案の立法に反対する意見や姿勢を表明していた。このことから,任命拒否された6名の学者が,内閣の方針に反対する意見や姿勢を表明していたことを理由として拒否されたとの疑いが指摘されている。
 このような学問・研究業績以外の内容によって差別的に任命拒否が行われたのだという疑いを生じさせること自体が,政府に批判的な内容を含む学問的研究発表等を躊躇させ,研究者の学問研究の自由や研究発表の自由を萎縮させかねない。

5 結語
 以上の次第であり,菅義偉内閣総理大臣による任命拒否は日本学術会議法に反して違法であるばかりか,学問の自由を実質的に保障するための組織である日本学術会議の人事に内閣総理大臣が違法な介入を行うことで学問の自由の制度的保障を侵害し,学問研究の自由や研究発表の自由を萎縮させることになりかねず,憲法違反の疑いがある。
 よって,岡山弁護士会は,このたびの任命拒否に対し抗議するとともに,菅義偉内閣総理大臣に対し,速やかに任命拒否の判断を撤回し,拒否された6名を日本学術会議の会員として任命するよう求める。

以上


2020年(令和2年)10月16日

岡山弁護士会     
会長 猪 木 健 二

 
 

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