(2020.08.17)最低賃金の大幅引上げを求める会長声明

1 中央最低賃金審議会は,本年7月22日,厚生労働大臣に対し,本年度の地域別最低賃金額改定について,引上げ額の目安を示さない旨の答申を行った。例年,各地域の地方最低賃金審議会は,この答申を参考として,地域別最低賃金額を各労働局長へ答申し,その答申を受けて各労働局長が具体的金額を決定する。
 本年8月5日,岡山地方最低賃金審議会は,岡山労働局長に対し,地域別最低賃金額を834円とするよう答申を行った。
 これらの答申は,今般の新型コロナウイルス感染症の影響によって景気が後退していることに配慮したものと考えられる。
 しかしながら,時給834円という水準は,岡山県の最低賃金の引上げが見送られたに等しく,地域間格差の是正はもとより,低賃金で働くことを余儀なくされている労働者の生活改善も先送りとなってしまう。

2 最低賃金制度の目的は,賃金の低廉な労働者について,賃金の最低額を保障することにより,労働条件の改善を図り,もって,労働者の生活の安定,労働力の質的向上等を図ることにある(最低賃金法(以下「法」という。)第1条)。
 しかし,時給834円という水準では,フルタイム(1日8時間,週40時間,年間52週)で働いても,月収は14万4560円(年収は173万4720円)に留まる。現時点の我が国の社会状況に鑑みた場合,同金額をもってしては,各種の給付の存在を考慮したとしてもなお, 労働者が健康で文化的な生活を営んでいくこと,子どもを生み育てていくことは極めて困難である。
 したがって,上記金額では,法の目的を達成するに足りる水準に達しているとは言えない。

3 現在の最低賃金法では地域別最低賃金制度が採用されているため,2019年度(令和元年度)地域別最低賃金では,最も高い東京都では1013円,最も低い15県は790円であり,223円もの賃金格差が発生している。
 岡山県でも,隣接する広島県の最低賃金(871円)とは38円,同じく兵庫県の最低賃金(899円)とは66円もの格差が生じている。1日8時間,1か月22日間働くとすると,1か月分の賃金格差は,広島県との間で6688円,兵庫県との間で1万1616円にもなる。
 このような賃金格差は,年々拡大している。2008年度(平成20年度)の最低賃金は,岡山県が669円であったところ,広島県は683円(14円差),兵庫県は712円(43円差)であった。
 最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係がみられるところ,このような事態を放置すれば,今後,さらに賃金格差が拡大し,岡山県外に労働力が流出する事態につながりかねない。
 都市部への労働力の集中を緩和し,地域に労働力を確保することは,地域経済の活性化の上でも有益であるから,政府においても,早急に,最低賃金の地域間格差の是正,全国一律最低賃金制度の実現に向けた検討を開始すべきである。

4 以上のような考え方に対しては,今般,新型コロナウイルス感染症による景気低迷で,特に中小企業の経営は厳しくなっていることから,最低賃金引上げは企業の負担となり,ひいては解雇や雇止めが増え雇用が一層悪化する懸念より,引上げを抑制すべきという議論もある。
 確かに,中小企業に対する支援は,社会保険料の減免や減税,雇用調整助成金の継続と充実等の施策によって十分に行われるべきではある。
 その上で,「労働者の生活の安定」を図るという法の目的に照らし,雇用を守りつつ,労働者の生活底上げのため,最低賃金引上げの流れは維持しなければならない。今や雇用労働者の約4割が非正規雇用であり,非正規雇用労働者をはじめとする最低賃金付近の低賃金労働を強いられている労働者の割合は増加傾向にある。新型コロナウイルス感染症対策の最前線となる医療・介護関係や流通・小売関係の労働者についても,最低賃金近傍の賃金で働いている労働者は多い。
 そのような労働者は,もともと日々生活するだけで精一杯であり,緊急事態に対応するための十分な貯蓄もない。

5 政府は,2010年(平成22年)6月18日に閣議決定された「新成長戦略」において,2020年(令和2年)までに全国加重平均1000円にするという目標を明記していた。しかし,2019年(令和元年)現在の最低賃金額は,全国加重平均で901円にとどまり,近年の引上げ幅を考えると,この政府目標は達成困難と言わざるを得ない。
 もっとも,政府は,2019年(令和元年)6月21日,閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2019」において,改めて「より早期に全国加重平均が1000円になることを目指す。」と宣言していることから,政府目標を達成するために最低賃金の大幅な引き上げが必要不可欠である状況に変わりはない。
 岡山労働局長は,早急に地域間の最低賃金格差を是正すべく,少なくとも最低賃金を全国加重平均(2019年度(令和元年度)で901円)の水準に引き上げるべきである。
 当会は,2019年(令和元年)7月16日にも最低賃金の大幅引上げを求める会長声明を発出したが,引き続き労働者の生活の安定及び労働力の質的向上を図るため,岡山労働局長に対して,岡山地方最低賃金審議会に再審議を求めた上で,地域別最低賃金額を本年度より67円以上引上げ時給901円以上に決定することを求める。

以上


2020年(令和2年)8月17日

岡山弁護士会     
会長 猪 木 健 二

 
 

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